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| クラスでの”流行りモノ”を嫌い、Y.M.O.や”スネークマン・ショウ”に一人でハマり、オリジナル選曲のテープを編集するのが趣味だった早熟少年MURO、ローラースケート場で偶然耳にしたアフリカ・バンバータの「PLANET ROCK」にショックを受ける。 |
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| ディスコに足繋ぐ通い、"踊らせる側に回りたい!"との思いを強くしたMUROは、ターンテーブルとモジュレター・ステレオで、独学でDJを始めていたが、初めて"先生"と呼ばれる人物に代々木公園の歩行者天国で出会う。その男=DJ KRUSHの下でMUROは、「パーフェクトビート=ブレイクビーツは、自分自身で見つけなければならない」ことを知り、”掘る”作業を強化する。と、共にLLクールJの来日公演を見て”パファーマーとしてのラッパー凄さ”に魅せられた彼は、KRUSHのススメもありマイクを握ることに。KRUSH POSSE(DJ KRUSH、MURO、GO)活動開始。 |
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| KRUSH POSSE、伝説のアンダーグラウンド・コンピ『YELLOW RAP CULTURE IN YOUR HOUSE』に「KP」で参加(DJ KRUSH POSSE名義)。USのヒップホッパーに近い表現方法にこだわっていた同グループは、”日本語ラップ嫌い”からも支持される(MURO曰く、当時はジャングル・ブラザーズにかぶれていた)。そして、下北沢ZOOでレギュラー・パーティー"CHAIN GANG"を始めていた彼らは同名のパーティー・チューンをビクターよりリリースされたダンス・ミュージッック・コンピ『DANCE 2 NOISE 002』に提供するも、敢しくも解散。その理由は、「当時は理解不能なく轤「KRUSHは先を行っていた」ため。リーダーズ・オブ・ニュースクール等の大人数のグループを自ら組んでいたMUROは、続いてGO、TWIGY、PH FRON、MASAOと共にMICROPHONE PAGGERを結成し、まだ"お笑い"のイメージを拭いきれなかった”日本語ラップの改正を”開始。”SLAM DUNK DISCO”等のレギュラー・パーティーで同志は広がっていく。 |
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| ペイジャーより一足先に「DON'T FORGET TO MY MEN」でソロ・デビューし、U.F.O.の手掛けたコンピにも「真ッ黒ニナル迄」を提供。しかしながら、ペイジャーの一員であることをもっとアピールすることを忘れなかったMUROはグループとしても「改正開始」や「一方通行」等の名曲を世に出し、7月には”トミーボーイ”の代表トム・シルヴァーマン主宰の”ニューミュージック・セミナー・ナイトフェスティバル”に参加するために初渡米。”人種のメルティング・スポット”NYで”自由気ままに生きている人々”を見てカルチャー・ショックを受けた彼は、「Iリジナルな、自分達にしか作れないヒップホップで張り合わないと意味がない」と改めて痛感。そして、”トミーボーイ”からリリースされたワールド?ヒップホップ・ショウケース『PLANET RAP』にも”日本代表”として参戦する。 |
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| 結束の固さで知られていたペイジャーに異変。6月にPH FRONが離脱。その後アルバム制作に取りかかるもレコーディング中(12月)に、GOとMASAOも離脱し、5人乗りの舟に残されたのはMURO、TWIGYのみとなる。同年は、「RAPPERS ARE DANGER」、「DON'T TURN OFF YOUR LIGHT」といったペイジャー・クラシックがリリースされた年でもあった。MUROは、ソロ曲「STREET LIFE」をソニーよりリリース。同曲は、TVCFでも使用されるが、真のストリ−トのカリスマだったMUROの”声”は、その後、コカコーラ、モトローラ等のCMでも聞けるようになる。 |
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| ペイジャーの事実上の最初で最後のアルバム『DON'T TURN OFF YOUR LIGHT』が7月にリリースされる(サンプリング・ジャケットも話題に)。「病む街」等を含むそのアルバムは即クラシックに。しかしながら、当時、音楽の聴きすぎによる”一時的難聴”に悩まされていたMUROは、マイクからしばらく遠ざかり、DJ活動が中心となる。渋谷CAVE等でのそのオリジナルなクイック・ミックス・プレイは、すでに”ネタがけ”云々を超えるものとして、他ジャンルのDJ、ファンをも刺激する。また、テープ版『KING OF DIGGIN'』シリーズもこの頃より録り始めること。 |
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| MAKI&TAIKI名義の『ON THE 1+2』にソロカット「バスドラ発スネア行」で参加(録音は前年)した他、K.O.D.P.のGORE-TEXをfeatした「三者凡退」をリリースし、MCとして前線復帰。7月7日にはECDが全参加者をブッキングした一大イベント”さんピンCAMP”のステージにK.O.D.P.のメンバーを引き連れて上がり拍手喝采を浴びる(「こんなシーンを待ってたぜ!」という名セリフを残す)。また、すでに海外のアーティスト/クリエイターの間で”KING OF DIGGIN'”の名で通っていた彼はストレッチ・アームストロングとボビートのラジオ・ショウ(NYC)にてゲスト・プレイ。その内容の濃さは、隣の2人がメモるほどのものだった。 |
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| ”渋谷の城”となるオリジナル/セレクト・ショップ「SAVAGE!」を宇田川町にオープン(当時のスタッフは、MACKA-CHIN、GORE-TEX、S-WORD etc....)。4月5日よりスタートしたJ-WAVEの「HIP HOP JOURNEY DA CYPHER」(2002年終了)のレギュラーDJも担当。また、当時NYにいたベン・ザ・エースのレーベル”スペルバウンド”より「第3段落97ページ」、そしてKRUSH POSSE時代の名曲のセルフ・リメイクとなる「CONCRETE JUNGLE」をリリース。7月には、それらの曲を含むミニ・アルバム『DAISAN DANRAKU 97 PAGE』をCDでも発売。実妹=LIL' MUROをfeatしたA今までにないタイプのコンビネーション・チューン『Q From A』も人気を博す。また、ペイジャー作品が続々と再発(ベスト・アルバムも登場。初回限定はTシャツ付き)され、D.I.T.C.のショウビズがプロデュースした「鬼哭啾啾」もようやくお目見えに。 |
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| 3月に長年の夢であった自身のレーベル”Incredible”を立ち上げ、「DIG ON SUMMER」、「HAN TO ME」といったクラシックを世に出すことに。DJとしては、”CYPER”のミックスCD『70 MINUTES OF FUNK』を、リミキサーとしてはアッティカ・ブルース(UK)やデブラ・モーガン(US)を各々手掛け話題に。MISIAのデビュー曲「つつみ込むように」のDJ WATARAIリミックス(アナログは即完売)で披露した”オフビート・スタイル”はラッパーとしても転機となった。 |
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| ”トイズ・ファクトリー”よりメジャー初となるミニ・アルバム『K.M.W』及び初のビデオ作品をリリース。そのリリース・パーティーに駆け付けたD.I.T.C.のロード・フィネスとA.G.は、続くE.P.「THE VINYL ATHLETES」(ビデオ作品も)にも参加し、その”友情”に支えられたコラボは多くのヘッズを勇気づけた。また、老舗レーベル”トミーボーイ”の歴史をMUROなりの切り口でまとめ上げたミックスCD『FOLLOW THE FOOT STEPS OF TOMMY BOY』もリリースされる。”リミキサー”としては、U.F.O.のリミックス・アルバムに参加(”友人”=ピート・ロックAフレディ・フォックスやO.C.ダイヤモンド、そして”神様”=ロイ・エアーズも参加)。 |
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| 日本のヒップホップ・アーティストとしては初となる本格派ラテン・ヒップホップ・チューン『EL CARNAVAL』に続き、ソロとしては初のフル・アルバム『PAN RHYTHM:Flight NO.11154』を完成させる。そのトータル・コンセプト・アルバムはジャンルを超え幅広い層の音楽ファンの耳にも届くことになる。その後のソロ・ツアー『GLOVE TROTTERS』には、O.C.、そしてファロア・モンチもゲスト参加。ペイジャー・メドレーを含め、自身の集大成的ステージは、感動の渦を巻き起こす。客演仕事では、ZEEBRAのソロ・セカンド・アルバムでの”初コラボ”となる「THE UNTACHABLE 2」はZEEBRAのソロ・ツアーの最終日の舞台でも実現した他、盟友TWIGYのセカンド・アルバムでの「病む街 pt.2」(RINOも競演)と忘れ難いパフォーマンスが続いた。また、UKの”モ・ワックス”初のコンピ『THE ART OF WAR』でトラックものを提供した他、”リミキサー”としては「ルパン3世」、ジャクソン5各々の企画盤、NIGO、トニー・タッチの楽曲を手掛けた。 |
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| 前年のソロ・ツアーの模様を収めたライヴ・ビデオ作品『GLOVE TROTTERS』とO.C.とのコラボ曲「LYTICAL TYLANTS」のWATARAIバージョン(ファロア・モンチの手によるリミックスも)をリリースした他、”パンチラインの帝王”ことNIPPSとのWネーム・コラボ企画「SPACE FUNK 2001」と「GALAXY PIMP 3000」の同時公開でヘッズのド胆を抜いた年、MUROは"DJ"としても更なる世界進出を果たす。USは、マイアミにて”イエロー・プロダクションズ”(フランスのレーベル)のパーティーでのプレイは、海外のトップDJ達をも驚かせるほどの”密度”と”柔軟性”ノ富んだものであった。また、ジャズの名門”ブルーノート”の音源をミックスした『Incredible』は多方面から絶賛を受ける。同年”クリエイター”としてのMUROは他にも、RINOのアルバムへのトラック提供(TWIGYとの「病む街 pt.2」の3回目の顔合わせも)を始め、SUNAGA.T.EXPERIENCEやドイツのドゥルビー・トリオ(”コンポスト”より世界リリース)のリミックスの仕事も話題に。 |
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海外からのリリース作品=イエロー・プロダクションズのコンピ『BOSSA TRES....JAZZ 2』やDJカム(フランス)のミックスCDで楽曲が使用されたり、”ブルーノート”の公式トリビュート・アルバム『NEW YORK TIMES』への参加、そしてUKのレーベル”BBE”が企画する世界のトップDJ/クリエイターが自身の名義のアルバム1枚を自由にプロデュースする好評シリーズ『BEAT GENERATION』への参加やマイアミでの”プレイボーイ・マンション”でのDJプレイと確実に海外での評価を高めつつある中、”Incredible”からのBOOのシングル「SMILE IN YOUR FACE」やSOUL SCREAMとの共演、G.K.MARYAN、S-WORDへのトラック提供と国内シーンで、相変わらず印象的な仕事が続くKINGは、前年から極秘裏に進行させてきたビッグ・プロジェクト=K.O.D.P.アルバムの全貌を6月に完全公開する。
同作のアートワークには『ワイルドスタイル』で有名なリーQ、そしてブランド・ヌビアン、A.T.C.Q.、ファット・ジョー、ビースティ・ボーイズなどのPVを撮ったフォトグラファー=シェイディ(PV「SPREADING FUNK VIRS」も担当)も関わり、その"HIP HOP人生”の奥深さを見せつける王道なマスターピースに。テクニクスの名器SL-1200の生誕30周年を祝うイベント(ビート・ジャンキーズ、ダイレイテッド・ピープルズ、DJ KRUSH、DJ YUTAKA、MIGHTY CROWNらと出演)での魂心のDJプレイも忘れ難い出来事のひとつ。後にP.V.にもキャメオ出演するHONDAのバCク=ZOOMERのMUROカスタム・ヴァージョンも”初のDJユース・モデル”として高い評判も得た。 |
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| UZI、DELI、Q、BIGZAM、TOKONA-X、GORE-TEXをFEAT.した衝撃の7人リレー「CHAIN REACTION」(『BACK II BACK』収録)で幕を開けた03年には。初の”MUROオンリー・ムック本”となる『オール・アバウト・キング・オブ・ディギン:ムロ』(白夜書房)が刊行される。また『Sweeeet〜』「CHAIN REACTION」と続いたコラボレーション作品をライヴで再現した『MURO presents K.O.D.P. Live Convention '03』も2月に渋谷クアトロで敢行。プロデューサーとしてはS-WORD、LUNCH TIME SPEAX、XBSの各作品で異彩を放ち、11月には総合プロデュースを勤めたBOOの『POST SOULMAN』を”カテッィング・エッジ”よりリリース。Harlemのコンピに提供したMURO ft. LUNCH TIME SPEAX、KASHI DA HANDSOMEの「ALL★STAR」(『BACK II BACK』収録)やキング・ギドラ「リアルにやる」のリミックス、SWEET CHICやB FRESHの作品への参加も話題を呼んだ(オリジナル・ヴァージョンをマンドリルが演奏していたことでも知られるアントニオ猪木のテーマ「炎のファイター」もリミックス)。”DJ”としてはマイアミの「Winter Music Conference」のほか、”ストーンズ・スロウ”のツアー(ピーナッツ・バター・ウルフ、マッド・リu等が参加)など海外でのゲスト・プレイや国内でのレギュラー・パーティ『BLOW YOUR HEAD』や、大御所45KINGを呼び寄せた「Stussy World Tribe 2003」も大盛況。7周年を迎えたSAVAGE!では前年に増えた2ライン(”11154”、”DYG DUG")に、"INCREDIBLE"も新たに加わり、デザイナーMUROの考える”音が聴こえてくる服作り”はパーフェクトな形となる。 |
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| 自身のキャリアを振り返った初のベストアルバム『BACK II BACK』を3月にリリース。DJ KRUSHとのKRUSH POSSE以来の再タッグ新録「Hallucination」にリキみ、涙したファン多し。ルイ・ヴェガ実弟ジョーイが久々に手描きで仕上げたアートワークにも”バック・トゥ・ベーシック”の意思は表れていた。同作とほぼ同時のタイミング(2月25日)にリリースされた”ブルーノート”ミックス第2弾『Incredible2〜Hot Dog Breaks』もまたファンクを基調とした原点回帰的な内容となる。海外音源を独自のルートで紹介する”11154ディストリビューション”もスタ[ト。プロデューサーとしてはKAMINARI-KAZOKU、NITRO MICROPHONE UNDERGROUND、Tina等の話題作に関わり、AQUARIUSのYAKKOとのプロジェクト『32BLOCK PARTY Hosted by MURO』で多数の若手ラッパーをフックアップし、シーンの底上げ/渋谷発サウンドの更なる確立を計る。一方、YOU THE ROCK★、TWIGY、SOUL SCREAM、BOY-KENと共に"MADE IN JAPAN”をリメイクした「MADE IN JAPAN 2004」(BEN THE ACEによるリミックスも有)を含む不滅の黄金音源第2集『BACK II BACK 2』を『32 BLOCK〜』と同日に”公開”。また、”ストーンズ・スロウ”や”ヘッドフォン・ヒーロー”からの海外リリースのミックスCD企画(後者はディミトリ・フロム・パリとのスプリット)も持ち上がっている。 |
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| 最初のミックス・テープを作ってから丁度"20年"の時を迎えた2005年。MUROは"エイベックス"移籍後初のオリジナル・アルバム『20 Street Years』を制作/発表する。TWIGYとのMICROPHONE PAGER復活曲や、そのPAGERの息子を自認するDABOとの初コンビ曲、PUSHIMや鈴木雅之とのコラボ等々、相変わらず斬新なアイディアと深い音楽愛で溢れ返っていた同作は、これまた"初の試み"となるインスト音源オンリーのミックスCDとの同時リリースとなり、渋谷を始め全国のストリートをにぎわせた。また、"プロデューサー業"の方でも、SUIKEN/S-WORD、Tina、MIKRIS凾フ作品で黒いビートを提供したKINGはDJ活動にもより一層の力を入れ、それは10月22日新木場agehaの全フロアを使った一大イベント"20 Street Years"に帰結した(DJ KRUSH、須永辰緒、藤原ヒロシといったレジェンズDJも参加)。KINGの20周年を祝うアフリカン・カラー(黒、緑、赤)のクールなアイテムは、THE NORTH FACE、carhartt、Timberland、NEW ERAとのそれぞれのコラボアイテムでも展開されることに。また、"ミックスCD"の分野では、かつてマイアミの"プレイボーイ・マンション"でも競演したフランス人DJ=ディミトリ・フロム・パリと『Super Disco Friends』をリリースしたことも話題を呼んだ。ディスコ・オンリーという"お題"でレア音源もしっかりと盛り込んだそのショウダウン盤は、KINGにとって前年の"ストーンズ・スロウ"盤に続く、海外リリース物(リリース元はUKの新興レーベル"ヘッドフォン・ヒーローズ")となった。 |
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